実務経験者はなぜ支援士に落ちるのか。統計データが示す「未経験者最強説」の正体

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はじめに:現場のプロが落ち、未経験者が受かる怪

「セキュリティの現場で毎日ログを見ているベテランが落ち、実務未経験の学生がストレートで合格する」 情報処理安全確保支援士(SC)試験の世界では、このような逆転現象がしばしば語られます。一見すると不可解な現象ですが、IPA(情報処理推進機構)が公表している統計データを紐解くと、そこには明確な「合格率の差」という根拠が存在します。

なぜ、実務経験が試験において「武器」ではなく「足かせ」になってしまうことがあるのでしょうか。データと行動経済学の両面から、その正体を解明します。

統計データが示す「未経験者の優位性」

IPAが毎年公開している「情報処理技術者試験 統計資料」を見ると、支援士試験における興味深い傾向が浮かび上がります。

例えば、令和5年度(秋期)のデータを参照すると、全体の合格率が約20%前後で推移する中、「学生」の合格率は25〜30%近い水準を記録することが珍しくありません。また、年齢別で見ても、実務経験が豊富であるはずの30代・40代よりも、「24歳以下」の若年層の合格率が高い傾向にあります。

これは単に「若者のほうが記憶力が良いから」という理由だけでは説明がつきません。試験の構造そのものが、未経験者に有利に働く側面があるのです。

実務家を惑わす「代表性ヒューリスティック」の罠

実務経験者が試験で苦戦する最大の理由は、行動経済学で言うところの「代表性ヒューリスティック」にあります。これは、自分の知っている典型的な事例(=自分の現場の常識)を、全体の標準だと思い込んで判断してしまう心理バイアスです。

  • 実務家の思考: 「うちの現場なら、こんな非効率な手順は踏まない。現実的にはこの設定で運用を回すはずだ」
  • 試験の解答: IPAが定義する「標準的なセキュリティフレームワーク」に基づいた、教科書通りの手順。

現場を知りすぎているがゆえに、設問に書かれていない「裏の事情」や「泥臭い運用回避策」を勝手に忖度してしまい、IPAが用意した「理想の正解」から遠ざかってしまうのです。

未経験者が持つ「アンカリング」の強み

対して、未経験者や学生の強みは、その圧倒的な「素直さ」にあります。彼らには比較すべき「現場の常識」がないため、学習したテキストの内容がそのまま強力な「アンカー(基準点)」となります。

  • 未経験者の思考: 「教科書に『デジタル署名はハッシュ値を秘密鍵で暗号化したもの』と書いてあるから、その通りに答えよう」

知識の出処が100%「IPAの教本」であるため、採点基準と解答が面白いほどシンクロします。試験においては、現場の最適解よりも「ルールの作成者(IPA)が考える理想解」をトレースできる能力のほうが、得点に直結するのです。

まとめ:経験を「バイアス」から「理解の助け」に変える

この記事を読んでいる実務経験者の方は、決して悲観する必要はありません。実務で培った「パケットの動き」や「攻撃の肌感覚」は、本来であれば強力な武器になるはずだからです。

大切なのは、試験会場に入る瞬間に、一度「アンラーニング(学習棄却)」を行うことです。 「自分の現場ではどうするか」ではなく、「IPAはこの状況を、どのフレームワークに当てはめて解いてほしいと言っているのか」という視点に切り替える。このメタ認知能力さえ身につければ、実務経験は「ノイズ」から、問題文を深く理解するための「ブースター」へと変わります。

未経験者の方は、今のまま「素直に」吸収し続けてください。実務経験がないことは、試験においてはむしろ「クリアな視界」を持っているというアドバンテージなのです。


参考資料
IPA 独立行政法人 情報処理推進機構:統計資料(情報処理技術者試験・情報処理安全確保支援士試験)

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