これまでのITセキュリティは、社内ネットワークという「境界線」を引き、その内側は安全であると信じる「境界型セキュリティ」が主流でした。しかし、場所を選ばない働き方やクラウドサービスの普及により、この境界線は崩壊しました。
そこで登場したのが、「何も信頼しない(Never Trust, Always Verify)」を前提とするゼロトラスト(Zero Trust)という考え方です。今回は、ゼロトラストがなぜ必要とされているのか、その仕組みと従来のセキュリティモデルとの決定的な違いを解説します。
境界型セキュリティの限界
従来のセキュリティ対策は、インターネットと社内LANの間に「ファイアウォール」という高い壁を作る手法でした。これは「城」と「堀」の関係に似ており、堀の内側にさえ入れば誰でも信頼される仕組みです。
しかし、現代では以下の理由により、このモデルが通用しなくなっています。
- 社外アクセスの増加: リモートワークにより、社員が「堀の外」から社内リソースにアクセスするのが当たり前になった。
- SaaSの普及: 守るべきデータが社内サーバーではなく、インターネット上のクラウド(SlackやSalesforce等)にある。
- 内部脅威: 一度堀の内側に侵入したウイルスや攻撃者は、内部を自由に移動(ラテラルムーブメント)できてしまう。
ゼロトラストの核心:3つの基本原則
ゼロトラストは特定の製品を指す言葉ではなく、以下の3つの原則に基づく戦略的な考え方です。
① すべてを検証し、明示的に確認する
アクセスしてくるユーザーのID、デバイスの健全性(ウイルス対策ソフトが動いているか等)、場所、ネットワークの状態などを、アクセスのたびに毎回検証します。
② 最小権限の原則を適用する
ユーザーには、その時の業務に必要な最小限のアクセス権のみを与えます。これについては、次回の第40回「最小権限の原則」で詳しく解説します。
③ 侵害を前提とする
「すでに攻撃者がネットワーク内に侵入している」という前提で対策を講じます。被害を局所化するために、ネットワークを細かく分割(マイクロセグメンテーション)し、攻撃者の自由な動きを封じ込めます。
ゼロトラストを実現するための主要な技術
ゼロトラストを実現するためには、これまでに学んだ複数の技術が組み合わされます。
- IAM / IDaaS: 第38回で解説した「IAM(ID管理)」が、検証の起点となります。誰がどの権限を持っているかを一元管理することが、ゼロトラストの第一歩です。
- 多要素認証(MFA): 第36回で解説した「多要素認証」により、「本人であること」の信頼性を高めます。知識要素だけでなく所持・生体要素を組み合わせることが推奨されます。
- 認証と認可の厳格化: 第33回で学んだ「認証と認可の違い」を理解し、アクセスのたびにこの両方を動的に判定する仕組みが求められます。
ゼロトラスト導入のメリット
ゼロトラストへの移行は、単なる防御策の強化以上の価値を企業にもたらします。
- 強固なデータ保護: 場所や端末を問わず一貫したセキュリティポリシーを適用できるため、情報漏洩リスクが激減します。
- リモートワークの促進: 社内外の区別がなくなるため、VPNの帯域不足や速度低下に悩まされることなく、安全にテレワークが行えます。
- 運用の可視化: すべてのアクセスが検証・記録されるため、誰が何をしているのかというガバナンスが効きやすくなります。
まとめ
ゼロトラストは、インターネットという不確実な環境でビジネスを継続するための、現代の標準的なセキュリティ戦略です。
- 「内側だから安全」という思い込みを捨てる。
- 認証・認可をアクセスのたびに厳密に行う。
- テクノロジーだけでなく、組織の文化やポリシーの変革が必要。
次回の第40回では、ゼロトラストの支柱の一つである「最小権限の原則(PoLP)」について、実務での運用ルールを具体的に解説します。


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